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以下の文章は【阪神淡路大震災】での活動!
1995年自転車日本一周の途中、阪神淡路大震災で避難所(神戸生田中学)にて、避難所運営リーダーを翌々日より約3ヶ月間泊り込みで行い、2300名の避難者の信頼を得る。
「どうやって決めるのか」「誰が決断できるのか」「じっくり話し合う時間なんてない」
「次々と押し寄せてくる避難者」「不安は頂点に達する」「誰に何をやらせるか」「自分は何をするのか」
最初の内は、廊下の隅で寝袋にまるまった。朝起きると、在庫数のチェックを徹底的に行い、行列の数を確認、避難者の時間帯別の人数把握、配給中のものが数が足りない場合の予備を考慮に入れ、適切に物資を並べる。
行列の並び方、配給カード・家族カードの考案など、避難通路の確保、余震対策。
無我夢中で目の前のことに取り組んだ。
神経が研ぎ澄まされ眠れないこともあった。
私は、いつの間にかリーダーになっていた。
服を沢山着込んで自分を大きく見せた。
班編成を構築、掃除当番、夜回り警備隊結成 数限りなくあらゆることを実施。
整理・整頓・清掃により、傷だらけでボロボロだけど整然とした避難所を構築。
避難者自ら、学校の周囲までも掃き掃除するようになる。
▽阪神淡路大震災の記録
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その後、地元、雲仙普賢岳、津波被害の奥尻島や新潟地震など数々の被災地を訪れる。
2004年10月 バイクで新潟県小千谷市に向かった。
私が何をさせて頂いたかというと、立ち上がったばかりの小千谷市ボランティアセンターのリーダー(寺島さん) と話し合いを10時から12時くらいまでしました。
私の神戸での経験をメモしてらっしゃいました。
私が支援品として持っていったのは、クリアーファイル3冊、ボランティアやヘルパーさんがスカーフを巻く為のオレンジの布(このオレンジの布を首に巻いた人はみんなのために働いているという勇気の印)
まずは1×10メートルもってゆき、使うかどうか話し合いました。
夜、会議でオレンジの布を使うことが決定しました。155メートルをメーカーに発注して、11月2日には届きます。
これから被災地でオレンジのスカーフを首や腕に巻いたスタッフ が活躍することでしょう。
小千谷市はほとんど家の中はぐちゃぐちゃでした。
いくらセンターで話し合っても、末端の小さな避難所には支援が行き届かないのも現実です。
マスコミの報道も大切ですが、現地の生の声に耳を傾けたいと思っております。
道路が寸断されており本当に自身のすごさを再認識しました。
11月1日は野菜ジュース(缶入り324本、ペットボトル約1リットル×120本)を小千谷市ボランティアセンターに送りました。
少ない量ですが、野菜ジュースの重要性を証明でき、避難されている方に好評ならば、その結果を、各支援自治体やグループ(国、県、市、町の災害対策本部)などに報告し毎日飲めるように働きかけるよう準備もしてきました。
いずれにしても山口個人の持ち出しで行っております。

なぜ野菜ジュースなのか?
私の阪神淡路大震災の経験からすると、まず絶対に便秘になり体調と精神状態が崩れてきます。
実は、長期で手伝うボランティアにも当てはまります。
他にも理由はありますが、とにかく毎日一人一本摂れるのが理想だと思います。
メーカーにより味にかなりの差があり、個人の趣向もありますので、できれば製造メーカーは色々ある方が好ましいです。
その後、下の新聞のように協力して支援を行いました。

枚岡合金工具株式会社の古芝社長と協力会社のおかげて32万円集まり、野菜ジュース3336本と、オレンジ色の反物155メートルを持っていくことが出来ました。
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